2009年、日奈久温泉は開湯600年を迎えます。
足利尊氏が政権を執った南北朝時代。 肥後守に命ぜられた甲斐重村(尊氏方)と菊池武重(南朝方)が戦い重村が敗北。 部下の浜田右近は傷を負いながら日奈久の近くへ辿りつき、やがて日奈久へ移り住んだ右近は村の娘と結婚し、子・六郎左衛門に恵まれます。六郎は永い間父の刀傷の平癒を安芸の厳島明神に祈り続け、満願の日、 「汝、この干潟の中に平石あり、それより百歩、一つの奇石あり、その下こそ正しく温泉あり・・・」という神のお告げがありました。
お告げに従って海の浅瀬を掘ると温泉が湧き出しました。時に応永十六年(1409)、今から約六百年前のことです。
お告げで発見された温泉で、刀傷が 治った日奈久の温泉は湯治の客が 日増しに多くなり、まちには人が集まりました。「神様をお祀りしよう」と、 村人は市杵島姫を祀る祠(弁天社) を建立。温泉の神様は日奈久の人に 崇められ護られ続け、現在の温泉神社となりました。
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